研究 Research
量子を制御し、未来を設計する
ダイナミクスの視点から量子制御を研究し、量子アルゴリズムの設計と最適化を目指します。
概要
量子力学にしたがって動作する物理系や情報処理系を対象に、それらを自在に制御するための理論研究を行っています。 非自明な物理現象を引き出すことや、量子情報処理を実行することなど、目的は多岐にわたります。 とくに近年は、研究開発が急速に進んでいる量子コンピュータ上で実行される量子シミュレーションや計算アルゴリズムの設計・制御を主なテーマとしています。 さらに、これらと関連して、量子基礎論、多体系における創発現象、非平衡ダイナミクスといった基礎的問題にも関心を広げています。
・量子アニーリング
量子アニーリングは最適化問題を解く手法です。 量子計算の代表的なアルゴリズムの一つであり、実際の量子コンピュータ(D-Wave)にも実装されています。 計算精度の保証ができない(メタ)ヒューリスティックなアルゴリズムなので、それをどのように使いこなすかという問題があります。 実時間ダイナミクスの問題とみることもできるので、物理学で培われてきた視点や手法を応用することができます。 量子アニーリングを、さまざまな問題(いくつかは下で述べます)が絡みあった総合的・複合的な問題として捉え、 それらの一つ一つや、それらを組み合わせた問題を、さまざまな角度から研究しています。
・断熱ショートカット(Shortcuts to Adiabaticity)
量子アニーリングの原理は、ゆっくり操作すれば状態が乱れずに所定の経路をたどるという断熱操作に基づいています。
ところが、実際の量子計算や量子デバイスでは、ゆっくり操作することは現実的ではなく、有限速度の操作によりエラーが生じます。
そこで用いられるのが、ゆっくり行うはずの断熱操作を速く行っても同じ結果を得る方法である、断熱ショートカットです。
特別な制御を加えることで非断熱遷移を防ぎ、エラー耐性のある制御を構成できます。
制御プロトコルは、従来の制御のエラー評価に用いることもできます。
これまでに、断熱ショートカットの原理について多数の研究を行ってきました。
近年の代表的な研究は、以下で述べるKrylov部分空間法に基づいた制御プロトコルの厳密な構成です。
これは新たな研究の潮流を生み出しています。
- 鳩村・高橋, 断熱ショートカットとダイナミクスの構造, 日本物理学会誌2021年5月号解説
- KT and A. del Campo, Shortcuts to Adiabaticity in Krylov Space, Phys. Rev. X 14, 011032 (2024)
- M. Okuyama and KT, From Classical Nonlinear Integrable Systems to Quantum Shortcuts to Adiabaticity, Phys. Rev. Lett. 117, 070401 (2016)
- KT, Transitionless Quantum Driving for Spin Systems, Phys. Rev. E 87, 062117 (2013)
・Krylov部分空間法
Krylov部分空間法は、数値計算の代表的なアルゴリズムであり、20世紀のトップ10アルゴリズムの一つにも数えられています。
近年では、この枠組みを用いて量子複雑性を記述しようとする研究が進められています。
われわれは、この手法をさらに一歩進め、量子ダイナミクスの構造の記述に応用しています。
前項で述べた断熱ショートカットにおける制御項の構成はその代表例です。
さらに最近では、この方法を時間依存生成子を持つ系にも適用できるように拡張し、より一般的な量子ダイナミクスに対応できるよう発展させています。
- KT and A. del Campo, Krylov Subspace Methods for Quantum Dynamics with Time-Dependent Generators, Phys. Rev. Lett. 134, 030401 (2025)
・量子アルゴリズム
量子ゲート計算では量子の特性を活かした数々のアルゴリズムが提案されていますが、 その可能性を広げることに興味があります。 その一つが、量子アニーリングのアイデアを融合させたハイブリッドアルゴリズムです。 対極的な考え方に基づく量子ゲートと量子アニーリングを融合させる試みを行っています。
・データとモデル化
量子アニーリングでは、現実の問題をIsing模型の基底状態を探す問題に変換して解きます。
しかし、このような置き換えは自明ではなく、
現実の問題をどのような変数で表すかというモデル化が重要な課題になります。
また、現実の問題は必ずしも最適化問題の形で与えられるとも限りません。
AIや機械学習を用いてデータから重要な特徴や構造を抽出し、それを量子アニーリングなどの手法で扱える数理モデルへと変換する方法を研究しています。
データ解析と量子計算を組み合わせることで、
現実の複雑な問題を新しい形で理解・解決することを目指しています。
・スピングラス
量子アニーリングで解こうとする最適化問題は、Ising模型を用いて定式化されます。 Ising模型は、物理では磁石の熱力学的な特性を記述するミニマル模型として扱われるものですが、 情報処理の問題としても広く用いられています。 現実の複雑な問題では対応する模型も複雑であり、スピングラスとよばれる特異な状態が発現しやすくなります。 その性質や、問題の難しさと計算量の関係などを調べています。
・量子基礎論
さまざまな問題を扱っていると、量子力学の原理に関してあらためて気づかされることがあります。
量子のさまざまな可能性・応用を追求することで、基礎的な理解が深まり、
新たな概念を得ることを、漠然とした目標として据えています。
例えば、応用問題を考えることによって得られた基礎概念として、量子速度限界の理論の拡張があります。
ダイナミクスの原理的な限界とよばれるこの概念について、新しい視点や公式を得ることができました。
- N. Hornedal, N. Carabba, KT, and A. del Campo, Geometric Operator Quantum Speed Limit, Wegner Hamiltonian Flow and Operator Growth, Quantum 7, 1055 (2023)
- K. Suzuki and KT, Performance Evaluation of Adiabatic Quantum Computation via Quantum Speed Limits and Possible Applications to Many-Body Systems, Phys. Rev. Res. 2, 032016(R) (2020)
・非平衡ダイナミクス
前項の量子基礎論で述べたことは、非平衡ダイナミクスの問題にも当てはまります。具体的なダイナミクスの問題を解くことで、ダイナミクスの普遍的な構造が見えてきます。
断熱ショートカットの方法は、運動方程式を解くことを、微分方程式を解くこととは異なる視点から記述する可能性をもたらしました。
量子時間発展に用いられるハミルトニアンは、エネルギーという意味をもつとともに、時間発展の生成子であるという二重の役割を果たしています。
それらの役割を明確に区別して理解できるようになります。
同様の構造は、量子系のみならず一般の動力学系においても成り立ちます。このことが非平衡ダイナミクスを理解する鍵となることが期待されます。
- KT, K. Fujii, Y. Hino, and H. Hayakawa, Nonadiabatic Control of Geometric Pumping, Phys. Rev. Lett. 124, 150602 (2020)